「またトンネル抜けた瞬間にルート飛んだ…」「ビル街に入ると自車マークが川の上を走り出す…」
位置情報サービスを作ったことがある人なら、一度はこんな地獄を見ているはずです。
センサーFusionでどうにか誤魔化しながら、「GNSS(いわゆるGPS)は“あてにならない前提”」で設計してきた人も多いと思います。
そんな中で、「日本版GPSみちびき、11機体制で自立測位へ」というニュースが出てきた。
これ、ただの「衛星増やします宣言」だと思って流すと損します。
アプリ/サービス側のアーキテクチャの前提をひっくり返すかもしれない話だからです。
一言でいうと:「オンプレ+ちょいクラウド」から「本格クラウド前提」へのシフト

今回の「みちびき11機体制構想」を、エンジニア視点でざっくり言うと:
GPS時代の位置情報は「オンプレ+ちょいクラウド」だったのが、
みちびき11機体制は「RDSもS3も揃った本格クラウド前提アーキテクチャへの移行」
に近いです。
-
4機体制のみちびき:
→ アメリカ製の巨大オンプレ(GPS)に、少し国産クラウド(みちびき補完)を足して可用性を上げていた状態。 -
11機体制のみちびき:
→ 「日本だけでフルスタックで回せるクラウド環境」を作りにいっている。- 日本上空だけで常時4機以上見えて
- 単独で3次元測位(高さ+時間まで)ができて
- さらにセンチメータ級の補強信号も衛星から降ってくる。
正直、「GNSSは海外(特に米国)のもの」という時代を、日本が本気で終わらせにきたな、という印象です。
何が本当にヤバいのか:11機より「自立測位を国家目標にした」点
数字だけ見ると「4機→7機→11機ね、ふーん」で終わりがちですが、
本当に効いてくるのは「自立測位(GPSなしでも測位し続ける)を戦略目標として宣言した」ところです。
- これまでは:
「GPSを高精度化・安定化する“お手伝いインフラ”です」というスタンス。 - これからは:
「GPSが止まっても日本は自前で測位を続ける」ことを前提に動き出した。
技術的には:
- 7機体制で:
→ 最低限、「みちびきだけで測位できる」レベル(ただし1機死ぬと苦しい)。 - 11機体制で:
→ 故障・メンテ込みで常に4機以上可視 → 真の意味で自立測位を狙う。
これは単なる「精度向上」ではなく、
測位そのものを国家インフラとして握りにいくという動きです。
エンジニア的に言い換えると、
いままで位置情報は「無料で借りている外部SaaS(=GPS)」
これからは「自前運用の基盤インフラ(=QZSS)」
という思想転換が起きつつある、ということですね。
なぜ開発者に効いてくるのか:設計思想が逆転しうる

これまでの常識:「GNSSは不安定だから、あくまで補助」
自動運転・ドローン・ロボット・ARアプリをやってきた人は、
だいたいこんな設計をしてきたはずです:
- GNSSは
- 都市部で飛ぶ
- 山で消える
- マルチパスで意味不明な位置が出る
- だから
- IMU(慣性センサー)
- カメラ+SLAM
- LiDAR+地図マッチング
を主役にして、GNSSは「遠くにある何となくのヒント」扱い。
ぶっちゃけ、
「GNSSは信用したら負け」という感覚、ありませんか?🤔
機体制後の世界:「GNSSをバックボーンとみなせるかもしれない」
11機体制+CLAS/PPP-RTK/ASNAVが本当にワークすると、前提が変わります。
- 屋外であれば
- 日本全国ほぼどこでも
- 常時センチメータ級〜デシメータ級
- 自前インフラで安定供給
- となると設計がこう変わる可能性があります:
これまで:
「GNSSは不安定 → 他のセンサーで頑張る、その補正にGNSSを使う」これから:
「GNSSが安定している前提 → GNSSを主軸に、他センサーで補完する」
歴史のアナロジーでいうと、
- かつては「オンプレ前提、クラウドはちょい使い」
- いまは「クラウド前提、オンプレは特殊用途のみ」
になったのと同じで、
「GNSS不信時代」から「GNSS前提時代」へのパラダイムシフト
が起きるかもしれません。
個人的には、
「GNSSを1級市民として扱っていいなら、どれだけアルゴリズムをシンプルにできるか?」
という妄想をし始めているところです。
GPS / Galileo との比較で見えてくる本質
ここから少し意地悪に、他GNSSと比較してみます。
カバレッジ vs 最適化
- GPS / Galileo
- 地球全体をカバーするグローバルGNSS
- 当然、日本も入っているが、「世界のうちの1エリア」にすぎない。
- みちびき(QZSS)
- 日本 + 周辺地域にフォーカスしたリージョナルGNSS
- 準天頂軌道で日本上空の高仰角を狙い撃ち
→ ビル街・山間部でも電波が入りやすい設計。
グローバルに見ればQZSSはニッチですが、
日本国内だけを見ると“最適解を狙える”ポジションにいます。
自立性と地政学
- GPS / Galileo は、どこまでいっても「海外インフラ」。
- 軍事/外交の影響を完全には無視できない。
- QZSS 11機体制は、
- 「最悪GPSが落ちても、国内の測位サービスは回し続ける」ことを目的にしている。
正直、平和ボケしてるとピンと来ないかもしれませんが、
物流・金融・防災など日本社会のOSを考えると、
「測位を他国インフラ1本に依存する」のは、かなり危うい構図です。
高精度サービスのポジショニング
- GPS / Galileo
- 高精度は民間RTKネットワークやPPPサービスが主役。
- Galileo HAS など公的サービスはあるが、地域最適化は薄め。
- QZSS
- CLAS / SLAS / ASNAV など、日本向け専用チューニングの高精度サービス。
- 「農業」「建機」「除雪」「インフラ点検」など、
産業別ユースケースに合わせた活用がしやすい。
つまり、日本国内市場に限れば、
「GPS + 民間高精度サービス」 vs 「みちびき + 公共高精度 + 民間付加価値」
という構図になり、
後者がコスパとUXでかなり強くなっていく可能性があります。
いい話ばかりではない:4つの「現実的な落とし穴」

ここまで褒め気味で書きましたが、
「じゃあ明日からみちびき前提で設計変えます!」は、正直おすすめしません。
スケジュールと予算のリスク
衛星11機体制って、簡単に言うと国家レベルの巨大プロジェクトです。
- 打ち上げ1つコケれば数年単位でズレる。
- 政権・予算の優先順位が変われば、フェードアウトも理論的にはありえる。
なので、アプリ側が
「202X年には11機体制が揃ってる前提で、このアーキテクチャにフルベット!」
みたいな賭け方をすると、
計画遅延のしわ寄せをモロに食らう可能性があります。
エンジニア視点では、
- 「11機体制になったら追加でこれができる」拡張ポイントを設計に埋めておく
- ただし、現時点の4〜7機体制+GPSで現実的に回る構成は確保しておく
この二段構えが無難かなと思っています。
「日本特化インフラ」というロックイン問題
QZSSは徹頭徹尾「日本最適化」です。
これはメリットでもあり、海外展開するプロダクトにとってはデメリットにもなります。
- 日本向けには
- QZSS+CLAS+ASNAVを前提に最適化
- 海外向けには
- GPS+Galileo+各国のRTKに合わせて作り直し
という二重実装地獄に陥るリスクがあります。
「日本発でグローバルSaaSを狙いたい」企業ほど、
QZSS依存度を上げすぎる設計には慎重になった方がいいです。
個人的には、
- GNSS抽象レイヤーをちゃんと切る
- 「日本ではQZSSを厚く使い、海外ではGPS/Galileoを厚く使う」戦略をとれるように
アーキテクチャを分離しておく
くらいは、最初から意識しておいた方がいいと思います。
衛星ではどうにもならない「屋内・地下問題」
いくら衛星を増やしても、
- 地下街
- トンネル
- 大型ショッピングモール
- 高層ビルの中層〜地下駐車場
みたいな場所で、GNSSだけで完結させるのは物理的に無理です。
11機体制になっても、
- GNSS+IMU
- GNSS+カメラSLAM
- GNSS+地図マッチング
- GNSS+ローカル無線(UWB/BLE/Wi-Fi RTT 等)
といったハイブリッド構成は必須です。
「これで全部解決する」と思うと痛い目を見ます。
あくまで「屋外の基盤精度と可用性が劇的に上がる」話だと理解しておくべきです。
端末対応ラグ:B2Cは特に時間がかかる
CLASやASNAVの恩恵をガッツリ受けるには、
- QZSS L6信号に対応したチップセット
- ちゃんとしたアンテナ設計
- OS側の対応
が必要です。
産業用GNSS受信機や自動運転車載機ならまだしも、
スマホにフル機能が行き渡るのは数年スパンになります。
「ユーザーのスマホは全部みちびきフル対応!」みたいな前提でB2Cサービスを設計すると、
実際の普及スピードとのギャップで死ねます。
それでも「11機体制」は、日本のプロダクト戦略に効く
ここまでいろいろ懸念も書きましたが、
個人的な結論としては:
日本のロボティクス/モビリティ/位置情報SaaSにとって、
みちびき11機体制は“かなり大きな追い風”になる。
と見ています。
短期(〜数年):設計に「余白」を仕込むフェーズ
- まだ11機体制を前提にしすぎない
- ただし、将来
- センチメータ級が常用インフラ化したときに
- ローカル補正や複雑な誤差補正ロジックを減らせる方向に設計しておく
たとえば:
- GNSSの精度・信頼度に応じて
- 自己位置推定パイプラインを差し替えられるようにしておく
- RTK基準局に完全依存したアーキテクチャは避け、
「将来、国提供のPPP-RTK的なものにスイッチ可能」にしておく
このくらいの“拡張余地”を残しておくだけでも、
後々、国内向けサービスのコスト構造をガラッと変えられる可能性があります。
中長期(5〜10年):GNSSを1級市民に昇格させるフェーズ
11機体制+ASNAVが本格稼働してきたら、
思い切ってGNSSをバックボーン扱いする設計を選べるようになります。
- 自動運転:
- 「レーンレベル自己位置+高精度地図」を日本全国で当たり前に
- ローカルRTKインフラの構築コストを削減
- 農業・建機・除雪:
- CLAS+ASNAVを前提に、
オペレーションロジックにより多くのリソースを割ける - B2C位置情報アプリ:
- 「道路逆走判定ミス」「川の上を走るバグ」みたいな古典的トラブルをかなり減らせる
ぶっちゃけ、「GPS前提+ローカル苦肉の策」で世界と戦うより、
自国インフラを最大限活かしてプロダクトを磨くほうが、
日本企業にとっては筋が良い戦い方だと思っています。
じゃあ、いまプロダクションで“みちびき前提”に振り切るか?

結論をはっきり書くと:
「みちびき11機体制前提」にフルコミットしてプロダクションを組むのは、正直まだ様子見。
ただし、「みちびき時代が本格化したときに一気にギアを上げられる設計」をいまから仕込むべき。
理由はシンプルで、
- 衛星と政策のロードマップは、我々アプリ側ではコントロールできない
- それでも、「GNSS前提時代」はかなりの確率で来る
- そのときに
- 旧来の「GNSS不信アーキテクチャ」を引きずったサービス
- 「GNSSを信頼する前提」でビジネスロジックに集中したサービス
では、開発速度も運用コストも大差が付く
からです。
正直、
「クラウドがここまで当たり前になる」と本気で想像できていたエンジニアは当時多くなかったはずです。
位置情報インフラも、同じ段階に入ろうとしています。
みちびき11機体制のニュースを見て「また宇宙の話か」とスルーするか、
アーキテクチャの前提条件が変わるシグナルとして受け取るか。
ここでのリアクションが、
5〜10年後のプロダクトの競争力に意外と効いてくるんじゃないかな、と感じています。 🚀


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